東京地方裁判所 平成元年(ワ)9336号 判決 1991年1月24日
原告
日伸産業株式会社
右代表者代表取締役
齋藤武雄
右訴訟代理人弁護士
高橋崇雄
同
伊関正孝
右訴訟復代理人弁護士
宮岡孝之
被告
晄雅時
右訴訟代理人弁護士
圓谷孝男
主文
一 被告は、原告に対し、金三七八万五四四〇円及びこれに対する平成元年七月二七日から支払い済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は一〇分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告に対し、金四三〇万三八七〇円及びこれに対する平成元年七月二七日から支払い済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告経営のクラブにホステスとして入店する際にそのホステスに原告が貸し付けた金員の未払い分三三〇万円についての被告の連帯保証債務の履行と同クラブにおける被告の未払い飲食代金一〇〇万三八七〇円の支払いを求めた事案である。
一争いのない事実
1 志賀ノブ子(以下「志賀」という。)は原告経営のクラブ「エテルナ湯島店」(以下「エテルナ」という。)のホステスであり、被告はそのクラブに出入りする客であった。
2 被告は、志賀がエテルナに入店した昭和六三年三月八日に原告から三五〇万円を借り入れた際に、原告に対し志賀の右債務について連帯保証した。
二争点
1 本件貸付金債務は公序良俗に反し無効といえるか。
2 本件飲食代金債務発生の有無及び消滅時効の成否。
第三争点に対する判断
一本件貸付金について
1 前記争いない事実に証拠<略>を総合すれば、原告は、昭和六三年三月八日、志賀が原告と入店契約をする際、志賀に対し、昭和六三年四月から昭和六四年(平成元年)九月まで毎月末日かぎり二〇万円ずつ(ただし、最終回は一〇万円)を返還する、返済条件に違反した場合は割賦返済の利益を失い即時残金を一括返済するとの約定のもとに三五〇万円を貸し付けたが、その際、被告は尼崎容三郎とともに原告に対し志賀の右債務について連帯保証を約したこと、ところが、志賀は、昭和六三年四月末日に二〇万円を支払ったのみで、その後一切の支払いをしていないことが認められる。
2 ところで、被告は、第一に、右志賀の債務は公序良俗に反し無効であるとし、その理由として、(1)本件貸付金は志賀が従前勤務していたクラブの顧客の飲食代金の支払保証債務の弁済に充てられるためのものであったところ、そもそもホステスがその顧客の飲食代金の支払いを保証することは公序良俗に反し無効であり、原告は、右のように公序良俗に反する債務の弁済のための借金であることを知りながら貸し付けたものである、(2)本件貸付金によって志賀の原告からの退職の自由が著しく制限される、(3)志賀の入店に際し、原告が貸し付けた支度金名目の一〇〇万円(税引き一〇万円)には、顧客の遊興飲食に従事し飲食税を差し引いた飲食代金累計が一年間で一八〇〇万円を達成したときは返還を要しないとの条件が付されていたことに照らすと、本件貸付も年間売上一八〇〇万円以上という条件のもとに、かつ、無断欠勤、遅刻等には罰則として多額の金員を給料から差し引くなど過酷な労働条件を前提としてなされたものである、と主張し、第二に、本件において原告が被告に保証責任を追及するのは権利の濫用であるとし、その理由として、ホステスに掛売を認める場合でも売掛金額をなるべく少なくすべきであるにもかかわらず、原告は志賀に過大な掛売を許し、その売掛金の回収を志賀の責任として給料の全額を売掛金と相殺して無給の状態で稼働させ、結局同人を退職せざるを得ない結果を招来させて本件貸付金の回収ができなくなるようにした、と主張する。
3 証拠<略>並びに弁論の全趣旨によれば、一般に、ホステスがその勤務する店を辞めて他店へ移るときには、挨拶廻りや着物購入あるいは従前の勤務先に対する残債務返還等に出費を要するため、ある店が他店からホステスを招き採用する際にはある程度の金員(通称「バンス」)を貸し付けることが行われており、本件においてもその趣旨で志賀の申出により三五〇万円の貸付が行われたものであることが認められる。
しかしながら、次にみるように、本件貸付が公序良俗に反するということはできない。
(一) 被告は、本件貸付は志賀の従前のクラブにおける顧客の飲食代の連帯保証債務の弁済に充当するためのものであり、しかも、原告もその趣旨を知っていた旨主張するが、証拠<略>によれば、志賀は本件貸付を受ける際その用途を原告に明らかにしていないのであり、本件貸付金が志賀の従前のクラブでの顧客の飲食代の連帯保証債務の弁済に充てられたことを認めるに足りる証拠も、また、原告の担当者が前記の趣旨を超えて右債務の弁済に充てられるものと認識していたことを認めるに足りる証拠もない(仮に、志賀が被告主張の用途に本件貸付金を使用したとしても、例えば、エテルナの場合、証拠<略>によれば、店とホステスとの間には雇用契約があるが、その実質は、店がホステスに最低限度の生計を維持するに必要な給料を支払うほかは、店はホステスに対して商品と営業の場所を提供し、他方、ホステスはこれを利用して客にサービスを提供しており、売上は店の売上として計上されるが、店は各ホステスの売上に応じて相当額のいわゆるバックマージンを支払っていることが認められるから、店とホステスとの関係は、一方では雇用関係にあるが、他方では相互に独立した対等の営業主体による営業活動の協力関係にもあり、いわば二面的性格を有するとみるのが相当である。したがって、顧客の飲食代についてのホステスの連帯保証債務であるからといって直ちに公序良俗違反として無効になるとは断定しがたいばかりでなく、まして、本件では、その債務を弁済する資金として使用される可能性があるというにすぎないのであり、本件貸付金についての被告の連帯保証債務が無効となるとはいいがたい。)。
(二) 次に、被告は、本件貸付金によって志賀の原告からの退職の自由が著しく制限される、と主張する。
しかしながら、本件貸付金は三五〇万円であるが、証拠<略>によれば、志賀はエテルナにおいて一か月一〇〇万円程度の収入は見込まれていたのであり、三五〇万円は志賀の退職の自由を制限するほどの高額なものとはいえず、前記のようにエテルナへの入店がホステス独自の営業の場を確保する趣旨をも含むものであることをも考慮すると、これをもって本件貸付が公序良俗に反するものということはできない。
(三) さらに、被告は、原告が志賀に年間一八〇〇万円以上の売上を前提に本件貸付をしたと主張するが、証拠<略>によれば、一八〇〇万円の売上の条件というのは、本件貸付金ではなく支度金ないし契約金名目の一〇〇万円に関するものにすぎず、しかも、条件を満たせば原告の出捐にかかる金員の返還を要しないものとするものにすぎないから、これをもって本件貸付が一八〇〇万円以上の売上を条件としてなされたということはできない。また、被告は、本件貸付が、志賀の無断欠勤、遅刻等には罰則として多額の金員を給料から差し引くなど過酷な労働条件を前提としている、と主張するが、証拠<略>によれば、たしかに原告は無断欠勤、遅刻があった場合にこれに見合う給料の支払いを停止をしていることが認められるが、非難されるべきものではないし、これによって本件貸付が公序良俗に反するものとなるとはいえない。
4 また、原告が被告に保証責任を追及することが権利の濫用に当たるということもできない。
すなわち、証拠<略>によれば、原告は志賀らホステスから入店に際し現金又はカード売上を原則とする旨の誓約をとり、掛売を原則として禁止していたものであり(ただし、<証拠略>によれば、現実にはホステスらは掛売をしているが、それは自らの営業利益拡大の目的からその判断においてしていることが認められる。)、その後も掛売を止めるよう注意していたことが認められるのであり、その責任を原告にのみ帰することは相当でない。
5 なお、証拠<略>によれば、志賀は、掛売の場合六〇日間はその回収がホステスの自主的判断に委ねられ、原告から顧客に直接請求されることがないことを利用して、入店早々から異常なまでに売上を伸ばし、売上に応じて原告から支払われるバックマージンを受領し、昭和六三年一〇月ころには出店しなくなったものであって、詐欺にも等しい行為といわざるを得ないこと、他方、被告は、志賀が原告店舗に入店する以前から志賀の顧客であったものであり、それゆえに本件貸付金についても連帯保証したものであることが、認められる。
6 以上を総合すれば、原告の本件貸付が公序良俗に反するとか、あるいは本件連帯保証責任の追及が権利濫用にあたるということはできない。
そうだとすれば、原告の本件貸付金についての請求は理由がある。
二本件飲食代金について
1 原告の売上伝票<略>には、被告に対し別紙飲食代金一覧表記載のとおりの売上があったことが記載されている。
この点について被告は、昭和六三年三月三〇日と同年六月六日分については飲食したことを認めながら、その他については飲食した記憶がない旨供述する。
しかしながら、証拠<略>によれば、被告は、当時頻繁に原告の店舗を訪れていたものであり、また、売上伝票は、被告と面識のあるエテルナのレジ係及びボーイが被告の着席を確認した結果に基づいて作成されているものであることが認められるから、被告の右供述は採用できない。
2 また、証拠<略>及び本件訴訟記録によれば、原告は平成元年四月一四日に被告に対し飲食代金債務の履行を催告し、その六か月以内の同年七月一四日に本件訴訟を提起したことが認められるので、右催告前一年以内の昭和六三年四月一四日以降の飲食代金については時効中断の措置がとられたものということができるが、これより前の飲食代金債権についてはそのような措置がとられたことを認めるに足りる証拠がないから、民法一七四条により時効消滅したものというべきである。
3 そうだとすれば、原告の本件飲食代金の請求は四八万五四四〇円の限度で理由がある。
第四結語
以上のとおりであり、原告の請求は、本件貸付金の未払い分についての連帯保証債務三三〇万円及び本件飲食代金のうち四八万五四四〇円との合計三七八万五四四〇円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払い済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を求める限度で認容し、その余は棄却することとする。
(裁判官石垣君雄)
別紙<省略>